賃貸事務所に入る前に知ったこと

レンタルオフィスを借りていて良かったと思う。最初から賃貸事務所を借りようとしていたら、資金繰りも大変だし、賃貸事務所に入ってから、「もっとこういうところを注意しておけばよかった」ということがあったかもしれないからだ。だから、とりあえず、わりだかであってもレンタルオフィスで仕事を始めたのは良い経験になった。
ビジネスには、人脈が必要不可欠である。ビジネスのみならず、人間関係においてでもある。起業、独立を目指すには、人脈作りが必要になってくるのだが、主にどのように人脈を作っていけばいいのだろうか。そのためには会計事務所での顧客との人脈作りが最適だと思われる。これからの社会において、会計事務所の役割は大きいのではないだろうか。
 海水はヒタヒタと足元にせまり、桟橋から見える海面は異様に高い。秋が深まる宮城県女川町。女川漁港にある女川魚市場は満潮時には、競りのスペースの半分が水につかる。津波は護岸を崩し、大きな揺れは地盤沈下を引き起こした。

 「業者が護岸を測量する姿は何度も見ているんだが…」と女川魚市場陸送課の須藤隆調査役は話すが、工事が始まる気配は一向にない。須藤氏によると、女川町は震災後の数日間で、隣接する石巻市までの道路がつながり、6月には応急の冷蔵用コンテナが支援企業から提供された。明らかに復旧は早かった。

 だが、時間がたつほどに他の漁港との差がなくなっていく。県水産業基盤整備課によると、女川漁港や石巻漁港など魚市場機能のある主要5港の岸壁・防波堤の復旧工事が始まるのは早くて年明けになるという。

 女川町は全国有数のサンマの水揚げ港として知られてきた。9月に入ると大型のサンマ漁船が次々に入港し、常時10隻以上が停泊、夜はその明かりがこうこうとついていた。陸に上がった漁師は町の温泉に入り、夜の街は賑(にぎ)わった。氷や燃料を補給して次の漁が始まるまでのひとときを過ごす町。それが女川町の秋から冬にかけての風景だった。

 それが今は…。高台から裾野に広がる町並みは、ほとんどの建物が津波にさらわれ、更地にはコンクリート製のビルが数棟倒れたままだ。入浴施設も流され、往時の面影はない。

 まだ大半の場所で接岸できず、「3隻ぐらいしか停泊できない」(須藤氏)。接岸すれば船の氷を自動補給できる氷工場は再開したものの、岸壁が壊れているためにトラックを使って氷を運ぶ手間がかかる。ここまでサンマの水揚げ量は従来の1割程度だ。

 かろうじて残った魚市場のコンクリート製3階建てビルは地盤沈下のため取り壊されることが決まっている。須藤氏は「取り壊すにも時間がかかる。津波で壊れた方がよかったといわれてもしようがない」と話す。

 ■「今年は無理、春の漁期目標」

 水産加工会社の一大集積地だった石巻漁港もインフラ復旧は足踏み状態だ。沈下した道路のかさ上げ工事は進み始めたものの、漁港周辺は建築制限がかかり、水産加工会社なども工場の建て直しができない。

 石巻市水産加工業協同組合の須田耕一郎参事は「国の対応が遅いのにはもう慣れた。冬の漁には間に合わない。今はみんな目標を春の漁期に変えている」という。同組合が10月までの完成を目指して発注した冷蔵施設は、業者が他の復旧工事に追われて完成予定は12月に延びた。国の補助金が下りる通知が来ないため、金融機関への融資も申し込めていない。

 魚の水揚げから加工、運搬されるまでの過程で大量に出る汚水を処理する市水産加工排水処理公社の復旧も遅れに遅れている。フィルターなどを稼働させるための応急工事でさえ、来年3月末までかかるという。毎日注ぎ込む1千トン弱の海水を滅菌など簡易処理するだけで排水せざるをえない状況はまだ続きそうだ。関係者は「処理水の数値は基準より高いが、仕方ない」という。

 こうした状況に、仲買業者の佐藤修さんは「漁師も、加工会社も、魚市場も、みんな復旧が遅れているから、かえってバランスが取れてしまった」とあきらめ顔だ。

 市場機能がなく、漁船が発着するだけの小規模漁港はどうか。

 石巻市の牡鹿半島の荻浜漁港では、ショベルカーが周辺の砂利をならしていた。地盤沈下した沿岸を砂利などで1メートルほどかさ上げする工事が始まり、とりあえず、8トン程度の養殖用漁船が1隻着けられるようにはなった。利用するには順番待ちをしなければならないのだが、漁師の江刺寿宏さん(40)は「重機を使って資材を直接船に運べる。水に漬かりながら小舟で漁船まで行き来した頃よりはまし」と喜ぶ。

 もっとも、江刺さんが今養殖しているのは、この場所で長年手がけてきたカキではなく、これまでやったことがないワカメである。カキの収穫が可能になるのは、早くても来年の冬。生活していくには、来年3月に収穫できるワカメを扱わざるを得なかった。ワカメは冬に発育するため、種をロープに差し込んだものを海中につるす作業が始まったところだ。

 その荻浜から南に約5キロ、やはり牡鹿半島にある大原浜の漁港に工事車両の姿は見えない。沿岸部には津波に持っていかれた家の土台が延々と続く。かつての桟橋は海面の下に隠れてしまい、見えない。

 「とにかくやるしかねんだ」。ワカメの養殖用の資材を漁船から運び出していた斎藤松二郎さん(59)はいう。桟橋が使い物にならないため、斎藤さんは陸地に直接漁船を接岸している。海底を掘って水深を確保したのだ。

 3月には例年並みの60トンほどのワカメが採れるはずなのだが、水揚げ先の石巻漁港の冷凍施設が破壊されているため、業者に全量を買い取ってもらわなければならない。そう都合よくことが運ぶのか。

 斎藤さんは、カキの養殖も営んでいるが、やはり、養殖場は津波にさらわれてしまった。例年ならば、10月から2月の冬の間は、ワカメの生育を待ちながら、養殖したカキを水揚げし、処理場でむき身にしている時期だ。

 「今年の冬はやることない。借金で食べていくだけだ」と斎藤さん。漁港を舞う風はもう冷たい。(荒船清太)

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